かぐや姫の物語

2013/12/8にこの記事を書きました(2014/08/11ちょっと修正)

甘く見ていた

最初にこの映画の事を聞いた時は、「何でジブリが今更かぐや姫なの?」と思った。

かぐや姫の話はもちろん昔から知っているし、確か18歳の頃だから約30年も前の事になるが、幼馴染みの女の子と再会し、デートで行ったのが沢口靖子主演の「竹取物語」だった。

最後、巨大な宇宙船で連れ戻されてしまうというかなりSF色の強い映画だったが、そのシーンくらいしか記憶に残ってない。

正直、映画も二人の関係もそれほど盛り上がらず、「かぐや姫」というキーワードにあまりポジティブな印象は残っていなかった。

それでも高畑勲監督作品ということで、興味が全くない訳ではなかったが、劇場で観たいという気持ちは無く、妻に誘われなかったら、恐らくDVDがでるまで観なかったと思う。

11月24日に木場のイトーヨーカドーの中にある映画館に足を運んだ。

公開2日目のジブリ映画だと言うのに、席はがら空きで中通路最前列のど真ん中という最高のポジションがとれた。

やはり、自分と同じように「かぐや姫」のお話にそれほど興味が湧かないという人が多かったのだろうか。

しかし、始まってみるとソレに対するイメージは一変した。

冒頭の竹取りの翁が竹林で光を見つけるシーンから心を奪われてしまった。

はじまった瞬間から、完全にのめり込んでしまった。

今までジブリで感じたものとは別の感覚

「でも待てよ、この感覚には覚えがある。何だろう」

そんなことを心のどこかで思いながらも、どんどん高畑勲の世界に入り込んでいった

観終わった後に妙な感覚が深く残って、なかなかかぐや姫の世界から抜けられなかった

感動だけではない、何かが心に突き刺さっている

気になっている原因の一つが、最初に感じた「身に覚えのある感覚」が何なのか思い出せないことだった

いろいろと記憶を辿っていると、1年ほど前に渋谷のBunkamuraに観に行った「木を植えた男」だったのだと気づいた

それはナレーションだけで音声の無いアニメで、一人の男が毎日100粒のどんぐりを植え続け、森を作ってしまうという実話に基づいた心に響く作品だった。

思い出したらどうしても観たくなってDVDを探してみると、「木を植えた男/フレデリック・バック作品集」とうタイトルで見つかったのだが、なんとそのDVDはジブリが制作し、日本語字幕を高畑勲監督が監修していたのだ。

もう、いてもたってもいられなくなってアマゾンで即買いした。

あともう一つ

それは自分の心の奥の何かを動かされて、それが気になっていたのだった

その「何か」がすぐにはピンとこなかったが、昔から大嫌いだった「歴史」に関する事であると気づいた

子供の頃から「歴史」に全く興味がなく、学校のテストなども最も点数が悪かった

大人になっても過去の出来事を追求する事に魅力を感じなかったので、ほとんど歴史に触れる事がなかった自分が、日本の歴史について知りたくなった。

おそらく、ボクの歴史に関する知識レベルは小学生程度だから(小学生の皆さんに失礼ですね)、その辺から学んでみようといろいろwebで調べているうちに、歴史全体というよりは、当時の人々の生活様式、文明、文化に興味が惹かれる事がわかってきた。

昔の生活を調べていくうちに、「かぐや姫の物語」を観て自分が受け取ったもの、心に突き刺さったものが何なのかわかってきた

・まずは映像の素晴らしさについて

「木を植えた男」に共通するセル画を使わないアニメーション

最近、鉄拳のパラパラ漫画のアニメーションが話題になっているが、まさにあの世界

テレビなどでも、高畑勲はセル画をつかわない手法に拘ったと言っていたが、なんとも不安定で温かいあの感じがボクの心に響いたのだと思う

素人のボクらが思う以上に大変な作業なのだろうけど、それによって何を感じさせられるか高畑監督は誰よりも良く知っているんだろう、その効果は絶大。

もう一つは「昔の生活を知りたくなった」原因で、映画の舞台となっている人々の生活が人間が地球上で生きる上での上限ではないかということ

どんなことをしても過去には戻れないし、昔の生活に戻す事も不可能だと思う

だが、現代の様な、モノにあふれた生活がはたして人間にとって最良なのかという疑問

・昔の人々の生活様式や習慣などについて

人類が、「人間」になった瞬間から進歩は始まっている

たぶんこれは動物の「進化」とは違う、突然変異のような状態ではないかと想像している(感覚論なので悪しからず)

映画に登場する「捨丸にいちゃん」の一家は木こりだが、一つの山である程度木を切り倒したら、その山を離れて他の山へ遊牧民の様に移動して同じ山へは10年戻らないというシーンがあった

自然のサイクルに自分たちのサイクルを合わせて暮らしているのだ

モノにあふれ、便利さを追求するがゆえに破壊してきた数多くの「大切なもの」はもう戻らない

50年近く生きてきた自分も、幼い頃から比べると、想像もつかないような生活をしている

文明は進んだかもしれないが、文化や人と人とのつながりは決して良くなったとは感じられない

人間とは常に進歩しなければいけないのだろうか

それとも人口が増える事によって、余儀なく進歩をさせられるのだろうか

人口のことを言うと寿命についても考えざるを得ない

医療の進歩も否定しなければならないのだろうか

「かぐや姫の物語」の何気ないシーン1つ1つが、ボクの潜在意識にそんなメッセージを伝えてきたのだ

本とか音楽とか映画などは、受け取り方、感じ方はそれぞれだから、あんまり人にすすめるもんじゃないのかもしれないが、あえてWEBページを作ってこんな長ったらしい文章を書いたのは、どれだけ強く心を動かされたか、自分の気持ちだけは残しておきたかった

誰に伝えたいという訳ではないが、検索を辿ってきた方がいるなら

時間を作り、ぜひ見てほしい

そしてジブリの売り上げに協力して、こんな素晴らしい映画をまた作ってほしいと心から願う

この文章を書く前日、つまり昨日だが、もう一度近くの劇場に観に行った

過去にも様々な映画に影響されてきたが、2001年に公開された手塚治虫の「メトロポリス」以来の衝撃だった

これほど強く心に残る作品はこの先もなかなか巡り会えないのではないだろうか。osamushi